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どんど焼きの炎

成人式を絡めた3連休と、翌週、小正月の時期、日野の各所で「どんど焼き」が行われました。



三角(みかど)

 

水辺の楽校

江戸、東京をひかえた純農村地帯だった日野。

宅地化が進みつつあっても、昭和の時代まではまだまだ田んぼも多く、明治維新以前の「村」、そして「字」、「神社域」単位の地域で「どんど焼き」をする場所には困ることはありませんでした。

それまで宅地開発といえば丘陵地だったのが、田んぼや畑がある低地が区画整理や幹線道路の整備が進むにつれ、みるみると分譲住宅やマンションで埋められるようになりました。

 

周りを気遣うことなく、盛大に炎と煙を上げていた「どんど焼き」もそれと呼応するように、肩身が小さくなり、あるところでは歴史に終止符を打ち、あるものは場所を求めての移動を余儀なくされてきました。


日野台


堀之内

日野万

新井

旭が丘


下田

担い手の減少と高齢化もそれに拍車をかけているのも実情です。

事実、「今年が最後」、苦渋の決断をした「どんど焼き」もあります。

また、予期せぬ「通報」をされた「どんど焼き」もありました。

残り少ない田んぼの会場のすぐ隣に、そこは去年までの会場だった場所に、分譲開発の看板が掲げられてもいました。


大和田

合理的に考えてみれば、なるほど、法律でたき火も禁止されてる、家が立ち並んでしまっている、ご時世に、大大的に炎を上げるとは、如何なものかと考えるもの、なるほど確かなこと。

たとえ、消防団がもしもに備えて出動して安全に留意しているのを確認しても、その不安はいつまでも不安で不満になるのでしょう。

これから当分の間は、「開発の火の手」は消えそうもありません。


郷土資料館

見ようによっては、狼煙にも見える「どんど焼き」。

しばらくは、その煙の先を見守るしかなさそうです。


 
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