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温かいたき火

今年で7回目となるたき火祭-たきびさい-が、旭が丘中央公園で行われました。


旭が丘小学校のみなさんも登場

 

巽聖歌氏を紹介するパネルです


たき火です

地元のお店も露店を出します

ほっくほっくの焼きいも

欠かせない焼きいも屋さん

旭が丘小学校1、2年生恒例いもいも音頭

「旭が丘」という地名から想像が付くように、この公園を中心にした一帯は、区画整理事業によって作られた街です。

それまで原と畑が広がっていたこの地の大部分は旧平山村。

唱歌「たき火」の作詞者である巽聖歌氏がこの地に移り住んで来たのは昭和23年のこと、師事していた北原白秋の薦めだったといいます。

以来昭和48年に亡くなるまで、ここに暮らして創作活動をし、その中では日野の小学校や中学校の校歌を作詞するなどされています。

ところが、そんなのどかだった住処の周辺では、昭和30年代後半から工場と宅地が隣接する形で、開発が進められることになります。

帝人、東芝、富士通ファナック、トッパンなどの工場や研究所が開設され、現首都大学東京日野キャンパスの地には東京都立工科短期大学が開学し、それらを取り囲むようにして、公園や緑地で分離された住宅地が配置されました。

たき火祭が行われている旭が丘中央公園もその開発の中で誕生した公園です。

開発から約半世紀。

公園に植えられた木々は仰ぐまで高く太くなり、周囲には大きく枝を張り、春には空を隠すまでの桜。

園内には「たき火」の詩が刻まれた「たき火碑」も建てられています。

自然の着実な成長とは対照的に、現実のスピードは理想を越え、広大な敷地を有する東芝日野工場は移転、只今更地となり、その去就が噂となっています。

たき火祭、と聞くとたき火をして、それを取り囲んで、まさに唄の歌詞のようにのどかな場面を想像するかもしれませんが、実際は、公園内でのたき火は法律で禁止です。

かろうじで、ドラム缶の中で燃やせるのが精一杯です。

最初のころは、何か違和感があって、せっかく落ち葉もどっさりあるのに、何故?

という声もだんだんと聞かなくなりました。

若い家族や子どもにとっては、本物の「たき火」そのものを経験したことすらないのですからもっともです。

回を重ねるうちに、たき火を楽しむよりも、「たき火」をきっかけに地域に生まれた冬の訪れを告げるまつりをみんなで楽しむ様子となっています。

地元商店の露店が並び、すっかり恒例となった旭が丘小学校1、2年生のかわいい「いもいも音頭」など、終日お楽しみが続きます。

名物は焼きいも、焼きいもにちなんだキャラクター「やっぴい」もいます。

ずらりと並んだ「焼きいも車」から本物の焼きいも屋さんが焼くホクホクの焼きたてが、来場者に振舞われます。

「この辺りは開発地だから、神社もなくて、お年寄りから子どもまで集う伝統的なお祭りってないの」。

後半世紀もしたら、みんなで焼きいもを食べるお祭りとして定着し、唱歌たき火は祭のテーマソング、大人も子どもも「いもいも音頭」で盛り上がる、温かく「伝統的」なお祭りになっているかもしれません。


 
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