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サイノカミ、どんど焼き

2000年に成人式が1月15日から、1月の第2週の月曜日に移って早くも10年以上経ちました。


 















日野ではもともとは14日の行事だった「サイノカミ」ですが 、成人式が1月15日になってからは、15日に行われるようになっていました。

これが、また移動したことから、最近では成人式を挟んだ2週にわたって行われています。

この「サイノカミ」、一般ではどんど焼きと呼ばれています。

会場も「どんど焼き」の名称を使っています。

しかし、日野ではサイノカミ・サイノカミヤキ・サイノカミトヤキなどと呼ばれ、どんど焼きという呼び方はなかったようです。

ですから、代々の日野先住民は「どんど焼き」の呼び方に眉をひそめ、それが証拠に、まずは開催者のひと言では必ず、「どんど焼きと近ごろはいいますが、日野ではサイノカミが正式で、云々」、と伝統への言葉が添えられることとなっています。

今年、日野の各地で行われた「サイノカミ」は15ヶ所。

多摩平が建替えのため休止。

平山が、会場となっていた滝合小学校の校庭が、「芝生化」されたのを期に、近隣への配慮もあって休止となってしまいました。

でも保存会は再起に向けて意気揚々だそうで、近いうちに復活する事でしょう。

平成の始めには22ヶ所あった「サイノカミ」も、時代に逆らえず一時は10ヶ所ばかりに減ってしまっていましたが、ここ10年の間に各地で復活。

今年も日野台で新たに始りましたので、日野では休止している場所も含めて、計17ヶ所の「サイノカミ」があることになります。

これだけ多いと同日同時刻開催会場がどうしても出て来てしまい、今年の全てをご紹介できませんが、場所場所、人々、歴史によって、同じ「サイノカミ」もかくも異なり、機会があれば、来年はどこにご参加を。

 

15ヶ所もあると、どうしても日にちと時間が重なってしまい、全てとはいきませんが、各地の様子をご覧下さい。

郷土資料館ー教育センター校庭ー

郷土資料館が組織しているエコライフクラブの主催です。高幡台団地に囲まれた、旧高幡台小学校の校庭で行われています。日野で一番高いところのサイノカミです。

 

下田八幡大神社

昔からの姿のサイノカミが見られます。四角の「小屋囲い」を作り、その中で、ふるまいの「おじや」を用意します。「おじや」の中身は米、餅、小松菜、だいこん、そして昆布。小屋の中には女性は入れません。以前は現万願寺駅近くの辻で行われていたそうです。そのころは最期に小屋は燃やされたということですが、今は解体しながら、供物を焚き上げています。

 

第一日野万

中央高速道と甲州街道に挟まれた日野万地区。ここでもやはり、住宅地化のため、場所を点々と変えています。特徴はダルマの多さ。高幡不動尊の初不動でダルマを買い替えるのが習わしなのだそうです。

 

三角(みかど)

三角は「さんかく」ではなく「みかど」。日野バイパスが通る税務署から東あたりの古くからの呼び名です。浅川から北、一面に広がっていた田んぼももう残すところ、ここだけとなってしまいました。田んぼが周りよりも低いのではなく、区画整理によって、周りが盛り土されたためです。年々、このたんぼも住宅がせまり、「サイノカミ」もそれを避けるように移動しています。隣り合う下田では「おじや」がふるまわれますが、ここでは、野菜をふんだん使った煮込みうどんがふるまわれます。
 

 

東町

今年から新しいグランドに場所が移りました。大規模マンションニューロシティの自治会も参加、従来の住民と新住民がいっしょになって開催されています。すぐ上を走る多摩モノレールのお客さんたちにも窓から、厄払いのお裾分けです。

 

ワラやカヤで作った円錐形に正月飾りや門松をつけた「サイノカミ」の主役を「小屋」といいます。川崎街道の日野郵便局をはさんで、東と西、今も麦畑や屋敷林がある家も見られる宮地区の「サイノカミ」の小屋には、たくさんの書き初めが供えられています。燃やした書き初めが高く舞い上がると上達するといわれています。

 

緑ヶ丘

戦前日野自動車の社宅として開発された、緑ヶ丘地区。ロンパンがあるモダンな区画割りの住宅地のまん中にある公園で行われます。

 

川辺堀之内

市内でもまとまった田んぼがあり、農業が盛んな川辺堀之内地区。浅川べりのに祀られている日枝神社の境内で、「サイノカミ」が行われます。地区の男衆が集まり、浅川のカヤで背丈をどの小屋を組み準備が終わると、お祓いをして、焚き上げます。炎を囲みながら、杯を交わし、おき火で供え餅を焼き、厄を祓い新年の吉を願います。

 

大和田

日野市と八王子市の境にある大和田地区。浅川べりにある会場、大和田公園は、実は八王子市域にあります。小屋を中心にしめ縄をはり、結界を設けるのが習わしです。戦争中や、高度成長期をのぞいて明治から100年以上、続けられている「サイノカミ」です。

 

新井

田んぼもまだまだ広がる新井ですが、ここ数年、急激に住宅が増えています。昨年から復活した新井の「サイノカミ」は第八小学校の校庭が会場。小学校と地区がいっしょになって開催しているのは、残念ながら今年は休止となった平山の滝合小学校とここ。ですが、その割には滝合小学校に比べ、子供の数が少ないのは、大半の児童が新住民だから?回数を重ねるうちにもっと盛大になることでしょう。

 

豊田

名前の通り、豊かな田があった豊田もすっかり宅地化されました。でも、広い浅川の河川敷は格好の会場です。青空に燃え上がる炎、川原の乾いた草への延焼を防ぐ放水のカーテン、それを土手にずらりと並んで見守る姿は、映画のシーンのようです。

 

潤徳小学校水辺の楽校

浅川ふれあい橋の真下で行われている「サイノカミ」の主催は近くの潤徳小学校が組織している水辺の楽校です。児童が浅川と親しんで、環境学習をしています。さすがに、橋を利用する人に目に触れることがあるだけに、見物客も参加者もかなりのものです。全く、地域や伝統を素にしていないと思いきや、実は小屋の組上げや焚き上げには、近隣の昔からの「経験者」のみなさんが大きな手助けをされています。

 

日野台

緑ヶ丘同様、ここも日野自動車の社宅として開発されました。それからもはや70年近くたち、この場所で3代が暮らして住民も多いと聞きます。もちろん、入れ替わりで新しい家族も住まわれています。そういった方々の交流の場になれば、と一から手探り、郷土資料館や他の地区を参考にしての今年から新規参入の「サイノカミ」です。

 

 
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