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梅雨明けの夕暮れ

海の日の連休に合わせるように梅雨明け。

日野では豪雨が訪れることもなく、多摩川や浅川の様子を見ても、さして変わらぬ流れ。

この時期、ちょっと多めの雨が降ると、水かさが増えると川底にたまった汚れをおとしてくれて、いい具合に水が澄むのですが、今年はそれもなしでした。

梅雨前線の重たい雨雲を夏の太平洋高気圧が押し上げている時、雨でそれまでの塵が払われた空はいつもとは違う表情を見せてくれます。


久しぶりに姿を見せた富士山。夕日ははるか北へ沈みます。73号棟から

 

地上では、お盆。

東京のお盆は、だいだいが7月。

今年は7月13日から15日まででしたが、日野の場合、古い家だとその一週間遅れ、これは養蚕が盛んだったことに由来するのだそうです。

全国的な8月のお盆時期になると、ふるさとへ帰る住民も多いことから、地域や団地では7月の夏休み前に盆踊りを催すところが大半を占めます。

海の日の連休には、どこかしこから、「東京音頭」や「炭坑節」。

今年は特に天気の変わり目が当たり、風が強かったせいか、よけいに大きく聞こえてきました。


提灯に照る灯火灯らぬ窓

丘陵の上にある高幡台団地でも盆踊りを兼ねた夏祭り。

1970年初頭に造成されたこの団地は、当時は羨望の的。


賑わいを見せる広場

丘陵の斜面に点在する建物は、歩道で結ばれ安全に子育てもでき、子どもたちが通う小学校も建設されました。

特に中央にある73号棟は、当時としては珍しい11階建て、しかもエレベーターが付き、一階には寿司屋・定食屋・八百屋・魚屋・肉屋・酒屋・パン屋・薬屋・文具屋そしてスパーに郵便局が並び、その前は広場になっていて、賑やかな声がいつも響いていました。

「いました」というのは、入居当時小さかった子どもたちは巣立ち、小学校はお隣の小学校と統廃合。

人口も減り、商店街もいつしか廃業をする店が増え、現在はスーパーと美容室と郵便局が残るのみ。

さらにこのシンボル、73号棟は高層が故に、現在の耐震基準に届いておらず、耐震工事をするか否か、その後の採算性をかみすると・・。

大屋さんであるUR機構は取り壊しを決定し、当然ながら、お住まいの方の中には反対の方もおられて、でも、先行して引っ越される方も多くいらして、夜になるとポツンポツンと明かりが漏れているだけ、というのが現状です。

73号棟の下、久々の賑わいを見せる広場に「住民のみなさん!、ここで育った子どもたち!、今日は久しぶりの人もようこそ、ふるさと高幡台団地夏祭りへ!」、そんなかけ声が通り抜けて行きました。


気まぐれな雲の仕業、スカイツリーも大きくなりました。73号棟から


 
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