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新緑百草は花盛り

桜の花には、夢中になるのに、花が散ると人はなにやらつれないもので、日々地面から湧き出るような新緑の移り様は、さほど気にしていないみたいです。


新緑が進むと眺望はかすみ始めます

 

都心のビル群も、そして話題のスカイツリータワーもちゃんと見えてしまう百草園の見晴らし台から見下ろすと、毎日、刻々、丘陵の雑木林は色を混ぜ合い、渦巻く波のよう。

林間に入れば、空を隠しだした葉の木漏れ日の下、春の野草たちが、咲き出しています。


たまのかんあおい

えびね

ほうちゃく
 

きらんそう


じゅうにひとえ

きんらん

余談ですが、日野のお隣立川市にある、昭和記念公園。

ここの園内にも、たくさんの野草が見られます。

でも、全てと言って差し障りがなく、人の手によって植えられたものです。

なにしろ、もともとは立川飛行場の跡地に造られた公園なのですから。

1977年に米軍から返還された立川基地。

滑走路のコンクリートを剥がし、当時造成中だった多摩ニュータウンから出た土を盛り、丘を作り、池を掘り、ちょうど、代々木の原に造営された明治神宮の杜が人の手と時間によって深閑の森へと生み出されたと同じように、昭和記念公園は武蔵野の林が創造されています。

適材適所、昭和記念公園の野草たちは、生育する環境にも十分配慮されて、育てられているのです。

そうでした、百草の話でした。

百草では、というより、多摩の丘陵では、江戸時代から雑木林から堆肥を得、炭を焼き、燃料として糧を得る、そうした生活の仕組みが長年営まれてきました。

雑木林は十分に手入れされ、そこには様々な野草が姿を見せていたといいます。

そのサイクルが崩れ、手入れがれなくなった林は、元々の植生に従う道を進み始めていました。

照葉樹がいずれは雑木林の落葉樹にとって変わる方向です。

あるいは、開発されてしまう運命です。

そんな中、百草では、積極的に日野市が雑木林を緑地として購入し、そこは近年、緑地ボランティアの方々により、下草狩りや大きくなり過ぎた木の伐採など、手入れがされ、昔の雑木林の姿を取り戻そうとしています。

ということで、薮に隠れて咲いていた花たちも、心して見るとちらっと陽の下に見かけるようになってきました。

野草の「天然もの」という言い方もおかしいものですが、あるのが分っている公園よりも、「天然もの」に出会った時のときめきは、ちと違います。


こちらも「天然もの」、あなぐまも姿を見せてくれました

 
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