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日野から小野路へ近藤 勇も土方歳三が歩いた道を行きました

13日、快晴に恵まれた日、「新選組ウォーク~近藤 勇・土方歳三が歩いた道~」が行われました。


小野路の布田道では「くず掃き」にも出会いました

誠の旗の下、18㎞、丘を越えること3ヶ所、だんだら模様の羽織姿の総勢36名もの「ウォークキング隊士」のみなさんは、現代の道を140年有余年の時を越えて歩きました。

 

日野本陣を出発


高幡不動尊では土方歳三像の前で記念写真

'居合いも披露されました

梅の名所、京王百草園も「占拠」。時ならぬ隊士は人気に

小野路の切り通し。鎌倉時代からの道も通っています

その昔、万葉集に「多摩の横山」と詠まれた多摩丘陵も多摩ニュータウンにより、歴史的な変貌を遂げています。

なので、当時のままの風景はほとんどない道中ですが、それでも小野路の布田道などは、舗装されてはいるものの、往時のままの姿を見せてくれています。

主要な場所では、全行程を同行した、小島資料館館長、小島政孝氏と日野新選組ガイドの方による巧妙な説明も行われました。

それに熱心に耳を傾けていた参加者のみなさん。

目の前の風景に「歴史のフィルター」がかけられ、あたかも、近藤 勇、土方歳三ら多摩出身の彼らが前方を歩いているかの面持ちになっていたのが印象的でした。

今回の新選組ウォークは、新選組ともゆかりがある小野路がある町田市の「町田市観光コンベンション協会」と新選組のふるさと日野の「日野市観光協会」との共同企画で行われました。

日野市は「新選組のふるさと」ではありますが、新選組が誕生した幕末のころはというと、日野市も町田市もなく、ひっくるめて武州多摩。

武州多摩の日野宿、武州多摩の小野路村。

共に他の多摩の村々と同じく、幕府の直轄地であり、村の中心には人家や田畑はあるものの、その他は山野。

ほとんどが住宅となっている現在よりも、距離は変わらぬものの、当時の方がより「近所」であったことが、残された日記などから推測されます。

今回の終点ともなった小島資料館、町田市小野路小島家はもちろん、多摩市連光寺の冨沢家、府中市押立の松本家、国立市谷保の本田家、らは日野宿名主佐藤家、石田村の土方家などは姻せき関係や名主同士の関わりなどで、結びつきが強く、実際、京都での新選組の様子などは、書き写しをもって、回覧されたりもしていました。

京都の新選組に対して、江戸から物心両面から支えたのもこうした人々でした。

多摩には、日野だけでなく、新選組の誕生とその後を語る史跡が多く残されています。

多摩の各地と結んで「新選組」を訪ねる道はまだまだあります。

今回のようなウォークキングを期に、「新選組」を合い言葉に、日野から、そして日野へ、他のまちとも結ぶ、「多摩の新選組路」が結ばれる。

そんな日も遠くない、そんな気配がします。

 
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