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鷹狩

新選組のふるさと歴史館で行われている「七生丘陵の自然と暮らし展」に合わせて日野中央公園で「鷹狩」が披露されました。


鷹匠と鷹は深い絆で結ばれています

 

鷹師田籠善次郎氏(右)と鷹匠大塚氏


観客のみなさんとの交流も行われます


尾羽の付け根には鈴と発信器が付けられています

江戸からも近い武蔵野には多くの幕府の鷹場があり、三鷹は市内に3ヶ所の鷹場があったことからその名が付き、国分寺のお鷹の道、小平の鷹の台、鷹の街道など武蔵野には鷹場にちなんだ地名が各地に残されています。

日野でにも程久保地区にある秋葉権現神社付近、七生丘陵にある多摩動物公園一帯は江戸時代鷹山として指定され、程久保村にはお鷹番の役を命じられ、地頭より報酬が与えられていました。

鷹狩にはいくつかの流派がありますが、今回、伝統の技を披露してくださったのは諏訪流放鷹術保存会のみなさんです。

諏訪流はその起源を1650年以上前に持ち、徳川将軍家など時の権力者の庇護を得て、途絶えることなく維持され、戦前までは公式の鴨猟として宮内庁が任命していた鷹狩の流れをくむ流派す。

諏訪流第十七代宗家、田籠善次郎氏と鷹匠のみなさんによる放鷹術が日野で行われるのは今回で2回目。

鷹匠の装束は、地下足袋に鳥打帽、明治〜大正時代に宮内省(現宮内庁)で採用されたものを基に作成されたものです。

前回は、会場の近くで予想もしていなかった工事が行われており、その音に驚いた鷹が「少し遠くまでお出かけ」になってしまうハプニングがありました。

神経質な鷹と鷹を調教し伝統技術を伝承する鷹匠にとって、自然に囲まれてお互いの気を通じ合わせていたころに比べると、何倍ものストレスが現代ではのしかかっているに違いありません。

今回は木々に囲まれた中央公園が会場、何ごともなく技が披露されるはずでしたが、ここにも敵が。

それはカラス。

カラスにとってみれば、自分たちの縄張りに突然やってきた敵対者。

高くから鷹狩の会場を偵察。

鷹が行動を起こす気配を察すると、どこからともなく仲間がやって来て、上空を旋回し始めます。

もちろん鷹の方もカラスのことは先刻承知の構えです。

カラスが表立って行動を起こすまで人間には察しもできない駆け引きが、鳥たちの間で行われていたのです。

滑走する鷹の姿に見とれながらも、改めて自然の妙を知らされた一瞬でした。

 
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