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泳げ鯉のぼり

今週で4月も終わり、巷ではゴールデンウィークの話題でいっぱいです。

小さな鯉のぼりがマンションのベランダではためいているのを見ると、ゴールデンウィークの一日が子どもの日だったことを逆に思い出します。


まち中でこの大きさは今や珍しくなりました

 


先代の鯉のぼりは胴体の太さが違います。
本物の鯉の拓本を模して描かれたそうで、
鱗も細かく描かれています

日野駅から甲州街道を日野橋方面へ、日野ケーブルテレビの社屋の横道をふと遠くへ見ると、道の奥に大きな、高い鯉のぼりが泳いでいます。

鯉のぼりのお宅がある所は北原と呼ばれている地区です。

その北原には新選組の井上源三郎の生家や沖田総司にゆかりある場所があるなど、日野駅の近辺でも街場として古くからの歴史がある地区です。

まだ、田んぼや畑が残る他の日野の場所でも、これだけの大きさの鯉のぼりはもう見かけなくなりました。

まち中でこれを上げられるのは、お宅の敷地が広いということもありますが、上げる気持ちがなければそうそうできることではありません。

真鯉は5mはあるでしょうか。

真鯉と緋鯉の間に泳ぐちびちゃんは「メダカ鯉だぁ」とこれも子どもたちの注目を浴びているそう。

支柱の高さは15m、ご近所に手伝ってもらって立てるそうです。

聞けば、この鯉のぼりはお孫さんが生まれた時、新調したもので、「探しに探してやっと見つけた」ものということ。

「もっと、大きいのもあるんだ。それは息子が生まれた時買ったもので、日野の人形店であつらえた鯉のぼりで、その店オリジナル。

「5月の4、5、6日にはこれを上げるからな。ちょっと、ぼろぼろになっちまっているけど、凄いぞ」。

今の支柱はその時相模湖の奥の山から切り出してきたものでもあるそうです。

お孫さんの平成鯉のぼり。息子さんの昭和の鯉のぼりの競演です。

ところでご自身の鯉のぼりは?

「いやいや、オレのは、昭和の大不況の時だからないんだわ。そんな歳だろ。孫も高校生になるし、大変だから、もう来年は上げないつもり」、とのことです。

 
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