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天然理心流演武も披露、井上源三郎140回忌法要

 新選組六番隊組長井上源三郎は、慶応4年1月5日(1868年1月29日)、鳥羽伏見での官軍との戦いの最中、敵の銃弾を腹部に受けて戦死しました。

 享年40歳。

 こんなエピソードが伝わっています。

 同行していた甥である井上泰助はその首を故郷へ持ち帰ろうとしましたが、その重さのために戦場近くの寺院の境内に源三郎の首を埋葬したと伝えられています。

 

 それから140年。

 源三郎のそして、泰助も眠る宝泉寺において140回忌法要が開催されました。

 境内の裏山を背にいつもならば、ひっそりと立つ「顕彰碑」の前が今日の会場。

 新選組隊士子孫の方々や名だたる新選組研究者も多く参加され、みなさんを前にして天然理心流九代目宗家宮川清蔵氏と子孫にあたる井上源三郎資料館館長井上雅雄氏とにより史料に基づいた型も披露されました。

 法要の中では井上雅雄氏からは、この春、井上源三郎の埋葬地について新たな発見があったことの報告がありました。

 また、首を故郷へ持ち帰ろうとした泰助の60歳のころの写真が佐藤彦五郎資料館に保存されているたくさんの写真の中から発見され、拡大写真が寄贈されたことも、「140年回忌に合わせるような不思議な出来事」として披露されました。

 

 
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