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日野中央公園に「ズッバーン!」銃声轟く

 2月2日から日野市新選組のふるさと歴史館で始まった『第3回特別展「新選組戊辰戦争のなかで」の展示に合わせて「西洋流(高島流)火術鉄砲隊保存会」のみなさんの演武が日野中央公園で行われました。

 

 朝から快晴でなによりと思われていた天候が、本番前をしてにわかに曇りだし、北風も吹き荒み、待つ観客たちは「寒い!よね」。

 新選組のふるさと歴史館を出発した行進を先導する小太鼓の乾いた音が、北風にのってとどき始めると、寒さも手伝って、いよいよ目前に迫った演武に、期待が早まります。

 だんだら羽織に身を包んだ日野市役所有志を先導に入場してくるのは板橋区で活動している「西洋流火術鉄砲隊保存会」のみなさん。

 天保12年(1842年)、日本で最初の西洋流砲術調練が開祖である高島秋帆によって、現在の板橋区高島平で行われたことにちなんで活動されているみなさんです。

 日野の新選組隊のたての演技の後、いよいよ待ちに待った西洋流火術鉄砲隊の出番です。

 銃を構えるのは9人。

 号令とともに、陣形を変え、「打て」とともに「ズッバーン!」。

 続けざまに轟く銃声。

 高島秋帆の訓練はゲベール銃と呼ばれる雷管式の銃だったのですが、銃刀法の関係上、この銃の使用は規制されているため、「西洋流火術鉄砲隊保存会」では和流の火縄銃を使用した演武を行なっているということなのですが、火縄銃であっても大部分の観客は見るのも聞くのも始めてとあって、会場は軽い興奮状態。

 音を聞きつけ、何事かと小走りだった人も、足を止めて、しばし見学です。

 幕末、日野でも日野宿農兵隊に鉄砲隊が編成され西洋流鉄砲調練が行われたといいます。

 「ズッバーン!」、「ズッバーン!」当時の人たちはどんな思いでこの音を聞いていたのでしょうか。

「西洋流(高島流)火術鉄砲隊保存会」Webサイトへ

 
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