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HINOは世界の共通語

 11月12、13日に行われた「日野市産業まつり」。

 前日の夜に心配させてくれた雨もからりと秋晴れ、会場となった中央公園にはたくさんの方が訪れました。

 
 朝の人気はなんと言っても「新鮮野菜販売」。地元の農家が持ち寄った穫れたて野菜を目当てに開場と共に売り場はいっぱい。抱えきれないほどの、まだ土の匂いのする野菜は大方午前中で完売です。

 子どもに人気なのは、園内を煙を吐いて走るミニSL、そして消防署や警察署が出展しているブースです。消防の制服を着てみたり、白バイにまたがったり、騎馬隊の馬に乗れたりと、普段はできない体験にニコニコです。

 腕自慢のブースもあります。まな板削りに包丁研ぎ、これはなかなか素人では完璧にできないこと。年に一度この時にお頼み申す顧客もいるとか。

 福祉団体のバザーから税理士会のブース、日野の工業製品の紹介までとありとあらゆる「日野の産業」が一同に揃っての会場です。

 そんな中で、静かに圧倒的な存在を見せつけているのが、たぶん、全国で行われている同様の産業まつりでは日野でしか見られない「ラリー車」です。

 「パリ・ダカ」。詳しくは判らなくても、名前だけは知っている人は多いはず。アフリカの砂漠や荒野を駆け抜けるラリーです。この「パリ・ダカール・ラリー」に15年間連続でカミオン(トラック)部門で挑戦を続けているのが日野自動車。

 日野自動車のルーツは 1918(大正7)年。日本で初めての国産2トン積トラックの生産から始まり、昭和10年代に日野に工場を移転したことをきっかけに、その名も「日野自動車」として60余年を迎えました。

 甲州街道に沿って長く、そして広大な工場はある意味では日野のシンボル。市内の小学生が工場見学行ったり、日野市民大学校などの見学要望にも応えてくれています。

 今年、産業まつりに参加した「ラリー車」はその歴史の中でも、1997年に1、2、3位をHINOが独占した時の優勝車、No.♯427。もう、ファンには憧れの車です。

 日野の街中で、多分、外国に出荷されるのでしょう。左ハンドルの日本では馴染みがない外装のトラックが走る姿を見かけることがあります。

 「HINO」のトラックの活躍する外国で、それもアフリカなどで「お前、何人?日本人?どこから来たんだ。TOKYOか?」。
 
 そんな話しになった時、「トラックHINOを作っているHINOという町に住んでいる」。と一言。
 
 「あっー、知ってる、知ってる、あのトラックはお前の町で作っていたのか」、と何やらちょっと誇らしげな話題を持つことができます。


 でも、先方は"トラックHINOを作っている町だから日野市"ってことになるのが、おおよその筋。

 "日野市"は知られていなくても 「HINO」は世界の共通語なのです。


  「HINO」の名で日野を全世界に広めてくれているラリー車の勇姿、浅川の河原あたりでバリバリ走るのを見てみたいものです。

 ※1992年以来、日野の車で「パリ・ダカールラリー」に挑戦し続けているのは、「チーム・スガワラ」です。日野自動車からもメカニックなどで参加しています。

 ※日野自動車は2006年パリ・ダカール・ラリーに、中型トラック「日野レンジャー」で16年連続完走を目指し参戦します。応援よろしく。


チーム・スガワラを詳しく

日野自動車

 
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