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田植えの時期

日野は「多摩の米蔵」と呼ばれていたぐらい稲作の盛んな場所でした。

 

 それは、浅川と多摩川が交わっていて低地が広がっていたこと、たびたびの洪水によって土地が肥沃だったこと、江戸以前から、用水路が整備されていたことが大きな要因です。

 これを「用水形田んぼ」と呼ぶとすると、一方でわき水を使った、「わき水形田んぼ」とも呼べる田んぼもあります。「用水形田んぼ」は日野市内の各所で見られましたが、昭和40年代のベッドタウン化や水質汚染の影響で、みるみるうちに姿を消してしまいました。

 それでも、市内の小学校の多くでは、農家の協力を得て、体験学習の一環として稲作りをしていますし、まだまだ田んぼは健在です。


 「よそう森公園」のように用水路と田んぼがセットされた公園もあります。ここでは、水辺の生き物の観察−多くの場合、ザリガニや小魚採りと水遊びのことですが−や稲の成長がつぶさに見て取れます。
ここの田んぼは近くの東光寺小学校の5年生が田植えをし、秋には収穫、正月にはその米でお餅をついて給食でいただくそうです。
 
 このごろは里山も人気で、「谷戸」とか「谷津」とかよく聞くようになりました。「谷戸」は水がわき出る所といった意味があるそうです。「わき水形田んぼ」は多摩丘陵では「谷戸田」と呼ばれています。

 高幡不動から動物園へ向う程久保川にそった谷は典型的な「谷戸」です。今でも上流の方では田んぼが作られていますし、谷の出口にあたる高幡不動の駅前も一面の田んぼだったことを覚えている人も多いはずです。

 
 ニュータウンはこの多摩丘陵の「谷戸田」をつぶして作られました。町田市とか八王子市にはまだまだ残っていますが、そこでも保全地域に指定したり、ボランティアの力を借りたりとなかなか個人だけでは持ちきれないそうです。

 日野で典型的な「谷戸田」はというと、ここ倉沢ぐらいになってしまいました。この日、この「谷戸田」でも体験田植えの真っ最中でした。

 
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