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住処は人がつくる。多摩平の森

 多摩平団地の入居が始まったのは、昭和33(1958)年です。

 

 建設された当初、自前の下水処理場があり、洋式トイレを備えたテラスハウスが並び、最寄の豊田駅前には伊勢丹、丸井、高島屋ストアーといった当時では輝くほどの店舗が軒を並べ、汲み取り、井戸水に頼っていた他の住民、当時はまだ日野町で3万人いるかいないかでしたが、から見れば、羨望の的でした。

 まだまだ、純農村、田園地帯まっただ中に現われた団地は、「違う人たちの集まり」というふうに見えていた、という方が近かったかも知れません。

 学校でいえば、田んぼや畑を遊びながら通っていた他の学校の子どもたちと違って、五小に通っている子どもは小奇麗で、親の教育への関心も高く、教育勉強熱心だという風にです。

 団地が建てられた場所はもともとは畑地が広がっていた台地、たっぷりと腐葉土が与えられ、栄養たっぷり。

 そのためでしょう、団地に植えられた木々はみるみる育ち、見上げるほどの大きさになったケヤキ、春の桜、巨大になったツツジ、萌黄、一面を黄色に被うイチョウなんかを、密かに「多摩平団地公園」などと名付け、楽しんできました。

 そんな多摩平団地も老朽化には勝てず、10年ほど前から建て替え作業が始まり、2002年の春からは順次入居も始まり、ゆっくり確実に周りの風景にとけ込むように工事が進められ、この春には全体の半分ほどの建替えが完成しました。

 同時期に建設された、近隣の公団住宅も同様に建て替えが進んでいます。

 しかし、ここまで育った自然環境のこと、育んできた地域のつながり、もちろん家賃のこと、が絡んで「きれい」になっても「うまく」建て替えを進めるのは難しいそうです。

 その点、多摩平団地の場合、住民と公団が共に考える場を設け、意志の疎通を図りながら建て替え事業が行われたそうで、団地の名前も「多摩平の森」と名付けられました。

 「多摩平方式」と呼ばれるほど画期的なことで、建て替えられた地域を歩いてみても、違和感がないのはそんなせいかもしれません。

 今、多摩平の森では50年前に建てられた区画、もうすぐ入居10年になる落ち着きを見せ始めた立て替え区画、広い更地となって工事を待っている場所、そして、ピカピカの新築区画が並び、ひとつの街が生まれ変わる姿が見られ、歩いてみるとちょとランドスケープミュージアムに迷い込んだ気分です。

多摩平団地で見つけた小さな不思議な世界

 

 
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