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「新選組ゆかりの地をめぐる」 美しい日本の歩きたくなるみち500選

 美しい日本の歩きたくなるみち500選、「新選組ゆかりの地をめぐる」を歩くコースです。
 コースは約15kmと10km長短2コース。いずれも日野駅近くの八坂神社からの出発です。

 
コース  長距離コース(15キロメートル)では、多摩丘陵の尾根まで登ります。関東平野一望できる場所からは新選組を生んだ日野も眼前に見ることができます。

JR日野駅~八坂神社~大昌寺~日野第一小学校~佐藤彦五郎新選組資料館~日野宿本陣~井上源三郎資料館~宝泉寺~新選組のふるさと歴史館~南平丘陵公園~多摩動物園~高幡不動尊~石田寺~とうかんの森~土方歳三資料館~万願寺中央公園

 短距離コース(10キロメートル)では、浅川が刻んだ河岸段丘に沿って、鎌倉時代から使われているといわれている道をたどりながら、土方歳三の生まれ故郷を目指します。

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長距離、短距離コース共通です。

日野駅

多摩の農家の造りを模した木造の駅舎は昭和12年に建てられたものです。

八坂神社

日野の鎮守です。昔は大木がうっそうと茂り、昼でも暗かったそうです。天然理心流奉納額が残されています。

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大昌寺

新選組を物心でささえた日野宿の名主、佐藤彦五郎、その妻であった土方歳三の姉、のぶが眠っています。

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大昌寺を過ぎると正面に見える学校が日野第一小学校。左手に暗渠から顔を出す用水は
この用水は日野用水
江戸時代前から流れ続けています。用水沿いに佐藤彦五郎新選組資料館があります。

佐藤彦五郎新選組資料館

日野宿最後の名主、佐藤彦五郎の資料を中心に展示されています。

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日野宿本陣

都内に唯一残る本陣の建物です。名主、佐藤彦五郎の屋敷でもありました。

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日野宿本陣の正面にある日野図書館は「問屋場跡」です。右手に見えてくるお寺は普門寺です。井上源三郎資料館まで甲州街道北側の地域は「北原」と呼ばれ、用水から引き込まれた小さな流れがあったり、多くの家の庭にはお稲荷さんが祀られているのが見えたり、ちょとしたタイムスリップする気分が楽しめる所です。欣浄寺の角にあるお地蔵様は唐辛子地蔵。明和3(1766)年に建立されたもので、唐辛子をお供えすれば、眼の病が治るとの言い伝えがあり「病目(めんめ)地蔵」とも呼ばれています。斜め向いに井上源三郎の家の分家出身の沖田林太郎が沖田総司の姉みつ夫婦が一時住んでおり、総司も日野宿に来た時は立ち寄ったといわれています。

井上源三郎資料館

新選組六番隊長井上源三郎の生家では残された史料を公開しています。

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宝泉寺

井上源三郎の墓と顕彰碑が立てられています。

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日野の街中を通る甲州街道は江戸時代からの道筋、旧道は左折して宝泉寺の前を通り、少し坂を上がったところにあるのが飯綱権現社坂下地蔵です。西の地蔵とも呼ばれ、ここまでが日野宿でした。旧道は現在、中央線により横切ることができませんが、そのまま八王子方面へと向かっています。

坂下地蔵から坂を上がったところには矢の山公園があります。公園の下、緑地を通して見えるお寺は宝泉寺です。園内には日露戦争や大平洋戦争で亡くなられた方々を慰霊する碑が建てられており、公園として整備される前は忠霊塔と呼ばれていました。高台にあるため見渡しが良く、日野駅から立川方面、そして日野の街が木々の間から見ることができます。大正10年11月に多摩川で行われた陸軍特別大演習の際には傘松御野立場として当時の皇太子、後の昭和天皇が、ここから演習の様子を視察しています。

新選組のふるさと歴史館

新選組を中心に幕末に焦点を合わせた歴史館です。

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中央高速道路を渡り、新選組のふるさと歴史館へ、途中目につくブルーの網に覆われた畑は日野特産、ブルーベリーの畑です。歴史館や市役所がある台地、八坂神社との高低差は約30メートルあり、神明台地と呼んでいます。

市役所と並ぶ実践女子短期大学は人気ドラマ「ごくせん」のロケが行われた密かな人気の場所、学園内には放映シーンとともに撮影スポットが表示されています。また、正門前の道は桜並木が続き、中央公園とともに花見時期には多くの人を集めています。

長短コースの分岐点は台地から一段降りた河岸段丘にあり、吹上と呼ばれている場所です。ここから長距離コース(MAP2)はさらに段丘を下り浅川へと向かい、短距離コース(MAP4)は台地と段丘の境を黒川に沿って進みます。



長距離コースです。

        

分岐点からは河岸段丘の淵に沿って歩きます。左手に見えてくる小さな祠は遠藤家の祠と呼ばれているものです。

突然現われるのは、善生寺の大仏。

平成7(1995)年、善生寺開創350年と釈迦生誕2560年を記念して建立されました。段丘を下った所に流れるのは豊田用水です。このあたりはつい十数年前までは一面の田んぼが広がっていました。

浅川を渡る橋は「一番橋」。全国で最初に地方自治体が独自に架けた橋であることからこの名が付けられました。一番橋上流付近の浅川は、冬、水鳥が集まる場所として知られ、バードウォーッチングの名所ともなっています。

一番橋の上から覗き込むと右岸の河原に小さな流れがあります。この流れは土手沿いにある七生中学校に湧く噴出井戸からのものです。校庭にはこの水を利用したビオトープも作られています。多摩丘陵と浅川に挟まれた地域では、丘陵から続く地下水の水位が高く、かつ圧力が高いため、かっては至る所にこういった井戸があったそうです。

南平丘陵公園

多摩丘陵の自然を残した日野市の公園です。

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南平丘陵公園内の散策路を丘陵の尾根に向かって上がります。ここがこのコース最大の難所、かなりの急勾配の所もあります。

上がりきると「かたらいの路」です。

かたらいの路

「かたらいの路」は東京都がコースを整備した高幡不動尊から多摩テック・クアガーデン入口、まで多摩丘陵の尾根を歩く散策路です。途中には富士山から奥多摩、秩父へ続く山並み、晴天に恵まれると、妙義山、日光、那須、筑波山までも見渡せるビューポイントもあります。

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南平丘陵公園を上がった所にはチンパージー園、歩くうちに話題のオランウータンのスカイウォークの鉄塔も見え、オランウータンが渡る姿も恵まれれば見えます。かたらいの路は動物公園に隣接する都立七生公園を抜け、多摩テック・クアガーデン入口前へ続きます。

都立七生公園


多摩丘陵に残された自然を活かした公園です。現在は南平地区、程久保地区の2園に分かれて開園しています。かたらいの路で通り抜けるのは南平地区です。

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長距離コースです。

        

多摩テック・クアガーデン入口から高幡不動尊までは、程久保と呼ばれる、多摩丘陵の中にできた小さな谷を下ります。多摩動物公園までの途中には都立七生公園程久保地区の入口があります。多摩動物公園からは、モノレールを見上げながら程久保川沿いに歩きます。程久保川では程久保神明社が面している道は都道ができる前の道。この道を利用しても、高幡不動尊に出られます。

都立多摩動物公園

多摩丘陵の地形そのまま、自然を活かした動物公園です。ライオンバスはもとより、平成17年春完成したオランウータンのスカイウォークも大人気です。

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短距離コースです。

        

分岐点からの細い道は、鎌倉時代から使われていたともいわれている古道で、多摩市の一宮を通っていた鎌倉街道から落合、宮、を抜け、滝山方面へ通じる幹道だったっだろうということです。反対方面は台地の斜面を横切るようにして、台地上へと続いており、今でも僅かですが、面影をたどれる箇所も残っています。

畑を見ながら進むと現われる工事現場は国道20号バイパスの建設現場。約40年もの計画期間を経て、2007年春開通の予定です。この現場の遺跡調査では、人骨や木槌などが発掘されています。

寄り添って流れる川は黒川。東京都の湧水57選にも選ばれている黒川清流公園から湧き出す水が源です。右手のこんもりとした竹やぶの中には駒形明神社が祀られていました。この駒形明神社のことはは府中の大國魂神社の祭事の祝詞の中にも記載されているそうです。この辺りは、はるか昔、万葉のころには馬が飼育されており、地名にも「駒形前」など馬に関するものが残されています。

黒川が流れ込む用水は豊田用水です。周辺では米作りが行われており、春にはレンゲ畑、夏になると神輿が稲花の中を進む風景を見ることもまだできます。コースはこの用水に沿ってのんびりと行きます。用水に架かる橋を渡って右折、この道は高幡道とも旧稲城往還とも呼ばれている道です。すると今度は、用水を上流へとたどることになります。これは用水が昔からの家々の間を抜けるようにして流れているためです。

出会う浅川土手から高幡橋にさしかかると高幡不動尊の五重塔が見えてきます。


長距離、短距離コース共通です。

高幡不動尊

ご存知関東三大不動の一つです。

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高幡不動参道から京王高幡不動駅へ、京王高幡不動駅は現在、駅ビルの建設真最中で2007年春に完成します。何と、日野で最初の駅ビルになります。小さな地下道をくぐると、別世界、細い生活道路を歩きます。

右手にあるのは若宮神社、高幡不動尊にゆかりある神社です。正面に見えてくる潤徳小学校を回り込むと向島用水親水路に到着です。

潤徳小学校には向島用水が引き込めれ、ビオトープが造られています。全国的にも有名なビオトープで、見学者も多く訪れています。

向島用水親水路

水辺を楽しむ小径を歩きます。

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モノレールが通る都道で向島用水と分かれ、新井橋へ向かいます。橋の上から見える大きな木が石田寺のカヤの大木です。

石田寺の隣にある都立日野高校は三浦友和さん、神田正輝さんが卒業生。同じく卒業生の忌野清志郎さんはあるインタビューの中で一番好きな風景として学校から見た、浅川と多摩丘陵の姿と語っています。

石田寺

「せきでんじ」と読みます。土方歳三の墓所があります。

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石田寺に隣接する浅川水再生センターに沿って造られている緑地はみなみぼり遊歩道。処理水を活かした小道です。

処理施設の上は北川原公園となっており、ここからは、春、多摩川方面を望めば、土手沿いに植えられた桜並木が続き、西を見れば、とうかん森の後ろに富士の姿を見ることができます。

土方歳三の生家は歳三が幼少のころ、多摩川の洪水で流され、現在の土方歳三資料館の場所へ移転したとの記録が残されています。それまでの家は、この公園辺りにあったと考えられています。

とうかん森

土方一族により、江戸中期に稲荷大明神が祀られ、以後、代々守護神としているとされています。この森は日野市の文化財にも指定されています。

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歩きながら表札に眼を配ってみると、大きな家はほとんど土方姓。それもそのはず、江戸時代の石田村の住人の姓はすべて「土方」だったのです。
万願寺駅のホームには「土方歳三生誕の地」と書かれたプレートも掛けられています。この万願寺駅一帯では平成17年、住所変更が行われ、それまでは、万願寺、石田、新井の地名が複雑に入り組んでいました。計画では万願寺に統一される予定でしたが、歴史ある「石田」の名を惜しむ声も多く、新たに「日野市石田」が誕生しました。

土方歳三資料館

土方歳三の生家で子孫の方が開いている資料館です。

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土方歳三資料館から万願寺中央公園までは5分ほど。国道20号バイパスが開通し、これからますます家や店が増えそうな景色ですが、20年ほど前までは一面の田んぼと日野名産の多摩川梨を生産する梨園が広がり、万願寺中央公園隣の安養寺、とうかん森、石田寺の木々が全て見渡せました。

万願寺中央公園は平成15年に行われた「新選組フェスタin日野」のメイン会場となった公園です。園内にある地区センターの三角形が並んだ屋根は、新選組のだんだら模様をデザインしたものです。

公園に隣接する八幡大神社のはす向かいにある園芸農園ではイチゴが栽培されており、12月から5月ごろまでの間は摘み取りができます。

 
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