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歩いてお参り日野七福神

一富士二鷹三茄子、初夢の望みも叶うは稀なこと。
新年、早々、七福詣でて、よいこと足せればそれでよし。

世に数ある七福神。
日野の七福浅川と多摩の丘とに寄り添い並び。
一富士二鷹三茄子、鷹と茄子はかなわぬが、末広八の富士も仰げる日野七福神。

 

 日野にも「七福神めぐり」があるのをご存知ですか。開期は元旦から7日まで、1日で回っても、日数をかけても大丈夫です。

 「日野七福神めぐり」、まだ開始されて数年と歴史はないのですが、それでもお参りする姿が意外(失礼)と多いのには、いずれのお寺も京王線と多摩モノレールの駅から近いからでしょうか。  

 それはさておき、関東三大不動尊に数えられている高幡不動金剛寺。義経ゆかりの武将平山季重の墓所がある宗印寺と真照寺とは12年に一度、卯年の年に開扉する武相48観音の2寺。安養寺の元禄時代の姿を伝える建物。善生寺には裏山の大仏さん。延命寺は日枝神社とセットで明治に行われた神仏分離以前の姿が見られるし、石田寺は言わずもがな土方歳三の墓があることで有名です。

 日野といっても浅川にそって点在しているお寺さんばかりなので、お天気さえ良ければのんびりとひねもす歩いて回るのには丁度いい距離です。

 東の真照寺から西の宗印寺まで、のんびり歩ける道を選んでみました。晴れに恵まれれば、いたるところで富士山が望め、日野七福神の道案内をしてくれます。


真照寺〜石田寺

 百草園駅からまずは真照寺へ。川崎街道を行くと右手にわかくさ幼稚園、真照寺が経営する幼稚園です。前方に見えるカワイイ赤い屋根は今評判のジェラートアイス工房、「アルティジャーノ・ジェラテリア」です。

 真照寺から出発です。再び百草園駅から商店街を抜け、左折、郵便局の前を右折します。この道は「落川道」と呼ばれている、日野宿や石田村から百草方面への昔からの道です。

 町田の小野路へ剣術を教えに行ったという土方歳三。この道も通ったかもしれません。

 浅川に突き当たったら、土手の上へ。対岸の都立日野高校の奥に見える大きな木が見える場所が石田寺です。

 「落川道」は、ここで「石田橋」で浅川を渡り、石田寺のある石田村へと続いていましたが、今はモノレールが上を通る新井橋を迂回します。

 新井橋を渡ったら、川沿いに。都立日野高校裏の石田寺はすぐそこです。

 都立日野高校は三浦友和さん、神田正輝さんや忌野清志郎さんが卒業生。特に忌野清志郎さんはあるインタビューの中で一番好きな風景として学校から見た、浅川と多摩丘陵の姿と語っていました。

真照寺ー恵比寿天

 真照寺は真言宗智山派でもともとは高幡山金剛寺の末寺でした。

 山門(薬医門)は、元禄15年(1702)に建立されたものを昭和48年(1973)解体修復したもので、今でも古刹の面影をしのばせてくれています。

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石田寺ー福禄寿

 「せきでんじ」。宗派は真言宗、高幡山金剛寺の末寺です。

 新選組副局長土方歳三の墓所があり、年間を通して訪れる人が絶えません。

 多摩川と浅川の合流地点あり、この寺の起源にも多摩川の大洪水で流れ着いた一体の観音像が関わっています。

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石田寺〜安養寺〜金剛寺

 石田寺から安養寺までの途中には土方歳三の生家があり、今では土方歳三資料館として公開されています。

 石田寺の墓所もそうですが、このあたりの大きな家はほとんど土方姓です。しかし、その中に同じ土方でも「土」の右肩に点が付く家とがあることに気が付かれることでしょう。

 何故か。草書の筆運びで点を打つようになり、それから点を打つようになったのではとの説を聞いたことがありますが、正確には判然としません。

 国道20号バイパスを渡ると安養寺です。

 安養寺に隣接する八幡大神社。この神社の鳥居の向かいにはイチゴの栽培を行っている柴崎園芸があり、12月末から摘み取りもできます。

 安養寺から再びバイパスを西へ、横断歩道を渡り、新選組のモニュメントが並ぶ遊歩道を行くとふれあい橋に出ます。

 ふれあい橋は人道橋で、この橋と橋のたもとの河原はいこいの場となっています。

 潤徳小学校を回り込むように歩き、京王線をくぐる地下道を抜けると、高幡不動駅前。

 参道の正面に高幡不動の山門が見えてきます。

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安養寺ー毘沙門天

 安養寺は真言宗智山派、高幡金剛寺の末寺でした。

 昔、武蔵の国に勢力を持っていた武士団・武蔵七党のうちの田村氏の居館跡とも伝えられています。

 明治6年には本堂を校舎にして、下田小学校(現在の日野市立第四小学校)が開校しました。

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金剛寺・高幡不動尊ー弁財天

 高幡山明王院金剛寺。高幡不動として広く知られています。

 真言宗智山派別格本山。京都智積院を総本山とする関東屈指の古刹であり、古文書によれば大宝年間(701)以前に創設された、あるいは奈良時代に行基菩薩が開基したとも伝えられています。

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金剛寺〜延命寺~善生寺

 高幡不動から川崎街道を歩き、高幡橋を渡ったら、浅川の土手を行きます。

 土手沿いのフェンスで囲まれている場所は市営ドックラン、その先の市民プールの後ろに見える森は延命寺と敷地続きの日枝神社です。

 延命寺からは「堀之内緑道」へ、緑道に沿って流れているのは豊田用水。この流れを上流へ辿って行き、陸橋の下をくぐると善生寺に到着です。

延命寺ー寿老尊

 真言宗智山派で開基は不明ですが、南北朝時代とも、新田義貞の鎌倉攻めの落武者、内藤一族が戦死者や先祖を弔うため建立したとも、伝えられています。

 本尊は延命地蔵菩薩で、秘仏として厨子内に安置され、住僧一代一度の開扉がしきたりになっています。

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善生寺ー大黒天

 善生寺は日野市で唯一の法華宗のお寺です。

 裏山には大仏があります。この大仏は平成7年(1995)、善生寺開創350年と釈迦生誕2560年を記念して建立されたものです。

 大黒天は「子宝大黒天」と尊称され、台座には大きな自然石が使われています。

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善生寺〜宗印寺

 善生寺からも豊田用水に沿って歩きます。用水の流れを眺めながら進むうちに平山橋に到着です。

 用水沿いには旧家の黒板塀が続く場所もあったり、黒川清流公園と並び、東京の名湧水57選に選ばれている日野中央図書館下の湧水も流れ込んでいます。

 平山橋を渡って、浅川の土手へ、すぐに区画整理中の道へと進みます。京王線の踏切を渡ると平山のまちです。屋敷を縫って続く昔からの細い道を抜けると、北野街道にぶつかります。

 宗印寺は街道からの参道を、少し上った丘陵の中腹にあります。

宗印寺ー布袋尊

 曹洞宗、由木(八王子市)金峰山永林寺末、本尊は聖観世音菩薩です。

 宗印寺には平山の地が輩出した戦国の武将平山季重にゆかりある、平山季重の墓、日奉地蔵堂、などがあります。

宗印寺を詳しく

 
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