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失われる北条の道

耕地整地と都市計画が進む東光寺台地。百草の万蔵院台地と並び、数年前までは畑地が広がっていた風景も、今や宅地が目につくようになりました。

 

 数百年にわたり、低地では稲作、台地では畑作、その斜面の雑木林を薪炭やたい肥として利用する、といった典型的な日野の農業形態もここで一大変革を余儀無くされてしまいました。

 ある農家の話では「ここで何代も生活している。その手段として農地は今の自分がたまたま預かって利用しているに過ぎない。なのに、自分が死んだら、自分のものとして税金を払う。感覚的によく解らない」。とのこと。

 農地が食べ物をつくる場所から、経済価値としての土地への転換、それにともなう相続税の問題ものしかかっています。

 東光寺坂を上がると、鳥居が立つ土盛りがあります。この脇に小道が西へ続いていました。小道の脇には七つ塚古墳があり、この道は江戸以前、北条氏の居城があった滝山への道だったと考えられています。谷地(やじ)川と多摩川の合流点の低地を避けるため台地上に道が拓かれたのでしょう。

 その上にもあっという間に時代の土盛りができあがり、今に繋がっていた時の道をも断ち切られてしまいました。その先の七つ塚古墳も住宅地の中へとなってしまいそうです。

 
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