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多摩丘陵その2

―緑と清流のまち―

 多摩地域がベッドタウンになる前は、百草園から平山城址公園、さらにはその先、八王子市の野猿峠あたりまでの多摩丘陵は都内からの絶好の日帰り行楽地でした。
 

 事実、北に遮るものがない丘陵の尾根からの眺めを目玉にした「野猿峠ハイキングコース」が京王電鉄によって整備され、多くのハイカーで賑わっていました。昭和30年代始めのころです。

 その後の開発によって砂を崩すように丘陵は姿を変えてきました。丘の上に表れた団地、急な斜面をもろともせずに築かれていった宅地。「野猿峠ハイキングコース」も各所で分断され、訪れる人も次第に少なくなってしまいました。

 ベッドタウン化に伴って日野を流れる多摩川と浅川の清流も、流れ込む生活排水のため、泡が舞い、異臭が鼻を付くといった状態になり、昭和50年代には「川は危険」な場所になってしまいました。

 こうした状況を何とかしたい、緑溢れ、清流が流れるまちをもう一度取り戻そうと市民活動も生まれました。その中でも「日野の自然を守る会」は30年以上にわたって活動を続けています。

 市でも「緑と清流のまち」と表し、役所内には全国でも珍しい「緑と清流課」も設けられ、緑地の保全や水辺の復活を目指してきました。

 多摩動物公園や百草園、都立公園などなどまとまった緑があったこと、そして日野市でも南平丘陵公園や倉沢緑地などを保全して緑地保護を推進してきました。

―歩け歩け多摩丘陵―

 「野猿峠ハイキングコース」の道筋を利用した高幡不動尊から多摩テックまで丘陵の尾根を歩く「かたらいの路」が東京都によって整備されています。

 また、百草園から多摩動物公園を経て平山城址公園までは日野市による「七生丘陵散策コース」が通っています。

 いずれの道も途中、住宅地や団地の中を歩く場所がありますが、見ようによっては様々な年代に建てられた建物からは、そのまま丘陵と人が住む街とのかかわり合いの歴史が見えてきます。  
住宅地から一歩進めば、人を包み込む雑木林や丘陵からの眺めは気分を爽快にしてくれます。

 コース以外でも牧場があったり、傍らでお地蔵さんが迎えてくれる道、大きな山桜を見上げてみたり、突然飛び出す雉子に驚かされたりいろいろな発見が待っている日野の多摩丘陵です。

 
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